新装開店したよ。~みのお暮らし~

大阪の北のほうに住むほぼ三十路な無名ライターが「経費で取材旅行へいく」までの軌跡(をえがく予定)

お気に入りお弁当ランキング(自分調べ)1位をあらそうかもしれないやつできた

本日のだんなさん弁当。

 

どどーん弁当第2弾!٩(๑´3`๑)۶ヒャホー

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めで鯛。小鯛が安かったのです。
尻尾部分もあるけどこっちを入れる。
なぜならおもしろいから。

 

◎小鯛とゴボウの煮付け
◎なすの胡麻味噌あえ
◎枝豆
◎お漬物
◎おやつ

お腹が空いた時にブログを書いてもだめです

いつかのおにぎり弁当。f:id:nameco1406:20171015172844j:plain

 

ご飯を食べるのも、作るのも好きだ。

作ってもらうのも好きだし、ご飯をつくる人も好き。

 

外食もたまにはいいなぁ、と思うけど、

かかる費用のこととか、栄養のバランスのことなんか考えると

結局家で食べるのがいいよなぁ…という結論にいたる。

 

日本人は最低、玄米と味噌を食べてりゃ

おおよそはOKというのが、私のなんとなくたどり着いた今のところの持論。

でもそれだと作るのにもつまらないので、

肉やら魚やら、海藻やらいろいろ足すのだけれど。

 

・・・・・・・

 

昨日食べすぎたので、今日の夕食は食べずにおこう、と思っていた。

だんなさんのご飯だけ作ろう。

何にしようかなぁ。

茄子があって、豚コマを買ってきたから…とレシピを調べだすと

お腹が空いてきた。oh……(ありがち)

 

お腹が空いてる時に文章書いたって、

ろくなことにならないよっ

 

じっくり文章に向き合わないと

独り言の垂れ流しみたいなことが書きたくて

ブログやってんじゃないんだよっ

 

でもとりあえず1日1本は書こうってなんか決めたから、

投稿しちゃうのだ。

 

さてはて、前途は多難。

 

 

 

 

 

 

新婚はわたしのアイデンティティではありません

 

ある日のお弁当と、朝ごはんに食べる用のおにぎり。

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こうしてお弁当の写真なんかをあげていると、

結婚何十年という友人や知人から、

「新婚だね~♡」「初々しいなーと思ってみてるわ」と

言われることがよくある。

 

結婚して1年半。

その類の返しを受けるたびに、どこか素直には受け取れない、

もやもやを感じていたりする。

 

当事者としてはよく分からないけれど、「新婚」という言葉は、

世間的ないし何十年も夫婦を続けている人たちにとっては

破壊的かつドリーミーな言葉であるようだ。

 

お弁当を作るとか、食卓で箸置きを使うとか、

だんなさんの肯定的な話をしたときに返されるその言葉。

言外には「今だけ今だけ」的なニュアンスがもりもりに盛り込まれているような。

 

あなたのところがそうだからって、一緒にしないでくださいましっ。(ぷすん)

 

と思ってしまうのは、新婚だから、なのか笑。

たしかに子どもができたりすれば

箸置きやテーブルセットなんてどうでもよくなって

「食えりゃいーわー!」ってなるのかもしれんけど。

しれんけれども。

 

新婚がどうとかじゃなくて

お弁当つくるのも好きだし、箸置きも好きだし、

だんなさんのことを悪く言う理由がないわー!と叫びたい。

 

あ、書いててわかった。

これは「新婚」で括られてる感じに反応してるんだな。

 

わかったわかった。

 

そんでもってなんかさ、夫婦間は下げ合うのがふつう、

みたいなのはもういいよね。

 

愛しているものを、愛していると言おう。

違うと思ったら、それは違う、と言おう。

 

というのがこのブログのテーマのひとつです。

(いいこと言う)

 

好きな本のことと、おべんとう

今日のおべん

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・ほぐし鮭

・茄子フライ

・白なのじゃこ和え

・さつまいもの塩バター炒め

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よしもとばななさんの本が好きです。

特に好きなのがこちら、「人生の旅をゆく」。

ふとした時に、何度も繰り返し読んでいます。

そして同じところで泣く。エッセイ集なんですけどね。

 

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よしもとさんの綴る言葉を読むと、

すーっと心が静まっていく。

「あれしなきゃ、次はこれ」と、つい外側に向きがちな自分の意識を

内側に引き戻してくれる感じがします。

 

生きることや、人への慈しみ、愛。

そういうものがたくさん詰まっていて

わたしもそんな風でありたいなぁ、と思うのです。

 

昨日までのハイテンションとはうってかわり過ぎて

なんなんじぶん?って感じなのですが(笑)。

朝だから、というのもありますが、

基本的に影響を受けやすい人間なもので

誰かの文章を読むと、すぐに憑依します。

 

文章の雰囲気とかも、統一したほうがいいものだろうか、とも思いつつ

最初から制限をつけてしまうよりも、

いろいろやってみようと思います。

 

どれもわたしだからね。

今日はそんな感じ。

お弁当。これからお弁当の投稿する時はタイトルどうしたらいいんだろう

きょうも夏みたいな気候でしたね。

午前中に外へ出て、なんやかんやして帰ってきてアイス(ハーゲンダッツ安納芋。おいしい…けど安納芋の焼き芋のがうまいな)を食べてTVを見はじめ、

「あぁ、今日はもういいのかな…」と早くもやる気をなくすところでした。

あぶなっ

 あぶないわぁもう。

アイドリングをかけるため、

山本ゆりオフィシャルブログ「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」Powered by Ameba

を見てちょっとテンションをあげます。※回し者ではありません。

とりあえずブックマークしとこ。

 

閑話休題。 

今日はお弁当です。ぱんぱか! 

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おぉ〜。おいしそう(自分で)

 

料理は好きなもののひとつです。

食べるのも、作るのも、詰めるのも、盛るのも好きです。

お弁当は特に最近のうきうきアイテム。

 

・栗ご飯(実家からのおすそ分け品)

・里芋のごま味噌

・ひじき煮

・鶏となすの南蛮風

・青菜漬物(市販)

 

最近ではSNSにもあげているので

「お弁当きれいに作っててすごいね〜」とか

「えらいね〜」とか

「新婚だから今だけだね〜(にやり)」とかいろいろ言われますが

基本、前夜の晩御飯がほぼお弁当になるだけなので

そんなに手間はかかってないんだよ。

 

ちなみに上はダンナさんのお弁当で、

自分のはその残りものがある時だけ詰め詰めします。

こちら↓

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(横に編集するにはどうするのだろう。面倒だから今日はこれでいいや)

 

いろいろてきとーうー!!

 

そんなもんですよね。

中身は一緒でも外身が違うと、こんなに印象がちがうんだねっていう

はなしでした(ちがうよ)。

 

 

 

 

はじめに(新装開店につき)

一昨日くらいに、山本ゆりさんのこちらのブログに出会いました。

山本ゆりオフィシャルブログ「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」Powered by Ameba(回し者ではありません)

何このひと、すんごい面白い。

ゆるい!自由!適当!めっちゃ関西弁!

だけどめっちゃ面白い。

 

好きな料理のことや、家族や友達のことを

こんだけ好き勝手のびのび書いて

本まで出して、って、うらやましいなおい。

 

よし、ならばいっちょ私もやってみよう。

ブロガー、なってみよう。

 

昔から本が好きで、ひょんなきっかけから

ライターの仕事をはじめて約3年。

仕事は仕事で楽しいけれど、もっと自分の表現ができたらなぁと思っていました。

 

わたしの好きなこと、心のうち、愛するひとたちのこと、

大切にしているもののこと、暮らしのこと、どうでもいい話。

 

「そんなんまで出しちゃう?」ってくらい

そのままの、日々のいろいろを書けたらいいなと思います。

 

そんでもって、経費で取材旅行に行く、が当面の我がヤボー。

「ここに行ってきて絵とか文章とかかいて」

「この人に会ってきてそれでなんか書いて」

 

…そんな仕事、めっちゃいいやん!

 

というわけで、新装開店です。

ガラガラー。まぁどうぞどうぞ。

 

そのものの価値

きりっと冷えた今日。

時折、雪が舞い散る京都でした。

気になっていた美術展へ2件、足を運んできました。

 

目で見えるもの以外に目を向けるようになってから、

体と感覚で受け取るものに自覚的になってから、

そういう場所へ行くのははじめてかも。

たくさん心で感じた1日でした。
 

安土桃山時代から現代までの「琳派」の工芸品や美術品。

整然と並べられたそれらは、疑いなくすばらしい作品たちなのだけれど、

どこか、ものがなしく映った。

 

屏風は屏風であって欲しいし、

花器には花が活けてあって欲しいし、

絵にはそれを愛でる主人がいるのがいい。

 

使われてはじめて、見出される価値というもの。

発揮されるたましいというもの。

 

照明の下、整然と並べられて、厚いガラスの向こうにあるのではなくて、

庭園が見えるようなお屋敷や、りんとした和室や、

そういう場所で出あえたなら、いっそう胸を打たれることだろう。

 

もの自体に意思が宿っているかのような、

そんな存在感をもつ作品たちだからこそ、強くそれを感じる。 

 

「美術館に飾られる」それ以外に、用途がみえないような現代の作品よりも、

近世や近代の、日常のなかで芸術を愛でた頃のものたちが、わたしは好きだ。

 

家のなかで季節を愛でるものとして、

客人をもてなすものとして、

そこにあったから、美しかったのではないだろうか。